お侍様 小劇場

   “ガーデニングは楽しvv (お侍 番外編 48)
 


空の青さが、陽の強さが、日を追って濃くなってゆき。
豪奢絢爛な桜の趣きが、
咲きようのあでやかさでも散りようの寂しさでも、
人々を魅了し席巻する時期を境にし。
冬の間のプリムラたちが、花を終えてのおやすみとなり、
茂みに鉢に、可憐な花々がお目見えする、いよいよの春爛漫。
鉢物ではパンジーにカンパニュラやインパチェンス。
庭咲きではユキヤナギにツツジ、矢車草にカモミール。
そうそう、アザミやトルコキキョウも育ててみたいのですが、
そこまでいろいろ手広くもするのもねぇ…と、
ついつい零した残念そうな一言へ。
家事全般をこなしておいでで忙しいお人が何をお言いか、
庭いじりだけしていたって そこまであれこれやりませんてと、
お隣りさんが苦笑しながら呆れていたほど、
実は緑と接するのがお好きな、島田さんチのおっ母様。

 「せっかくのお休みなのにすいませんね。」
 「〜〜。(否、否)」

時には次男坊も手を貸して、
母上同様、萌え始めの芝もやわらかい庭先へ、
トレパン姿で屈んでは、
草引きやら水やりやらを手伝ってたりする光景が、
初夏には特に見受けられるのだが。

 「…っ。」

何があったか、不意な驚きに弾かれて、
立ち上がり損ねての後方へぽてんと、
この彼には珍しいことに、尻餅ついてしまったものだから。

 「久蔵殿? どうしました?」

玲瓏端麗、透明感さえ漂うような繊細な容姿を裏切り、
全国区でその名が知れ渡っているほどの剣道の猛者でもあるお人。
それをのけても、高校生にしとくには枠が異なるほど、
滅多なことへは動じぬ沈着冷静な彼だのに。
だって言うのに、この反応。
一体 何事かと駆け寄った七郎次へ、

 「〜〜〜。」

そろりと指差し、アレと示してくれた先を見やれば。
声が出ぬほどの驚愕を抱えて…じゃあなく、
寡黙な彼でなくたって、
ギョッとしはすれ、声を出すほどじゃあなかったこと。
思わぬ来客がそこにはおいで。

 「………おやまあ。」

つややかなユズの葉に、
ふくぶくと太った緑色の虫の子が這っているのが確認されて、

 「そういやそういう季節ですよねぇ。」

こういうものは平気なのだろ、
七郎次の方は 至ってのほほんとした声で言う。

 え? どうするのかって?
 そうですねぇ。別に咬まれもしませんし。
 え?
 ああまあ、ユズの葉が丸坊主にされるのは困りものですよねぇ。

怪訝そうに眇められたり、かすかな驚きへ見張られたりする、
たいそう微妙な目許の表情の変化のみにて、
久蔵殿の意を読み取ってという、相変わらずに不思議な会話を成した末。
特に緊急を要するような事態ではないと思っているらしいおっ母様の言いようへ、
久蔵だとて、幼子のように女性のように“怖がって”はいないらしいが、

 「…。(…模糊)」

何かしら言いたそうなお顔になっており。
その様子があまりにも…はっきり言ってはいけないことの周辺を、
恐る恐る巡っているかのように微妙な代物だったので。
彼の無口の内側を難無く読み取れる母上にも…少々間がかかりはしたけれど、
何へと不合理を覚えた彼なのかへ気がつけた。

 「…そうですね、こういうのは欺瞞かも知れませんね。」

とある虫には徹底して退治してという素振りで嫌っておきながら、
こっちは構わないんじゃあないかだなんて。
そんなの不公平な我儘を言ってちゃあいけませんよねと。
優しげなお顔を少しほど曇らせてしまうのへ、

 「〜〜〜っ。(否、否、否)」

あああ、いけない何を示唆したか随分と深くまで読まれてしまったと、
次男坊もまた、大慌ててで金の綿毛を揺するほどかぶりを振って見せる。

 ごめんなさい、ごめんなさい。
 シチがアレを苦手なのは仕方がないこと。
 責めてなんかいません、ごめんなさいと…。

見てくれだけなら 何とも似合いの、
ガラス細工のようと描写できそうなほど、可愛らしい睦まじさを見せる、
相変わらずの仲良し母子なご様子であり。
…でもでも実は、
二人とも、剣道と槍とで某流派の免許皆伝の身なんですが。
(う〜んう〜ん)
同じような淡い色、金の色した髪越しに、
これまた揃いの真白いおでこ同士をくっつけ合って、

 でもねえ、徹底して退治してしまうと、
 花粉を仲介してくれる蝶々まで、
 ここへ来てくれなくなりかねませんしね。

ユズやらキンカンやら、柑橘類には付き物と、
気にしなかったのですけれど。
こうまで大きいのが育つようでは、小さな株では丸裸にされかねない。
害がない訳じゃあないかと、あらためて うんうんと考えて、

 「…うん。この子たちの餌場用の株を決めちゃいましょう。」

どれか1株だけを移住先に決めて、見つける端からそこへ移せばいいと、
ポンと手を打った七郎次。
草を引いてた軍手をはいたまま、
問題のグラマラスな1匹を、ちょいと摘まむと、
少し離れた木陰の株へと移してしまう。
そちらはスィーティオとかいう、やはり柑橘の株で、
だが、まだまだ実が収穫できるほどの成年樹ではないらしく。

 「今年はあの株に頑張ってもらいましょう。」

来年や秋口にはまたかんがえるとして、ね?と、
朗らかな笑顔を向けられては、
次男坊としては異論も出ようはずがなく。
ただ…イモムシの移動中、
思わずのことか、七郎次の二の腕へ、
きゅうと両手で掴まっていたその様を見下ろされ、

 「…えと。」
 「あ…。///////」

  おやや? 久蔵殿、実は…?

これまた、気づかれたことへと素早く気づき、
恐縮や羞恥にちょっぴり伏せられた紅玉の双眸だったのへ。
こちらは青玻璃の双眸がやわらかくたわめられ、

 「…久蔵殿。」

小声で呼ばれて顔を上げれば、
すべらかな頬の下、優しい笑顔の口元へ、
白い人差し指が そおと真っ直ぐ立てられており。
その指越しに、形のいい唇が紡いだ一言が、

 「内緒ないしょ。いいですか? アタシの苦手も、誰にも内緒ですからね?」
 「…。/////(頷)」

自分の弱みをわざわざ持ち出し、
“おあいこですね”という格好へ。
やさしい示し合わせをこんな即妙に取りつけてくれる、やっぱり懐ろ広い人。
あい判ったと頷くと同時、
好き好きと暖かな肩口へ頬を擦り付ける次男坊だったのへ。
あれあれ擽ったいですようと、
困ったように言いながら、それでも笑うおっ母様であり。
そんな楽しげな家人らの様、
こちらはリビングからという遠目に見やりつつ、

 “微笑ましいことよの。”

経済新聞を読む振りしつつ、一連のあれこれ、通して眺めていた誰か様。
某国で開催されたモーターショーの記事ではそんな笑顔はしなかろう、
甘やか柔らかな微笑みを、
男臭くも精悍な口許へ、ふふと浮かべてござったそうな……。




  〜Fine〜 09.04.21.


  *そろそろそういうのが出没する季節だなぁと、
   生け垣代わりのツツジが咲き始める中、
   風に散らかる木蓮の花びらを掃除しながら気がつきましてね。
   ウチはユズにキンカン、ミカンにスィーティオなどなどと、
   どういう趣味だか青虫に好かれる柑橘類の株が勢揃いしているその上、
   三つ葉や梅など、こちらは毛虫のつきやすい株もあったりするので、
   洗濯物を干すときなんかは、足元手元に要注意です。

   で……私は日記なんぞにも書いてますが、
   黒いのは果敢に退治できるのに長虫青虫は大の苦手で、
   そんななのを妹に“平仄が合わない”とよく言われております。
   でもでも、そういう彼女だって、
   黒いのは苦手なくせに……いやこれは言っても詮無いか。
(おいおい)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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